2008年08月29日

婆ちゃんとの別れ

僕の父ちゃんは昭和35年まで、三丁目の夕日のモデルそのまま、月島三丁目で小学校時代を過ごしたそうだ。

もんじゃ焼きも当時は駄菓子屋さんで、5円だったそうだ。遊びといえば、ビイーだまとメンコ、ベイごま、そして、缶けり、小学校2年のときに縁があって、今の婆ちゃんのところに、もらわれてきたらしい。

あれから、50年あまり、3年まえ、婆ちゃんが認知症になったとかで、突然、我が家にひきとられて、埼玉から、この十勝に来た。

どうも婆ちゃんは十勝がどこにあるのか、まったくわかっていないようだった。2年半が、過ぎ去った今年の1月に婆ちゃんから、癌が発見され、病院に入院することに、、、。

婆ちゃんは自然が、大嫌いで、動物もまるっきり、だめ、、。

我が家はメチャクチャ自然のなか、家には猫がいっぱい。そんなわけで、婆ちゃんにとっては居心地のいい、施設のなかで、友達を沢山つくり、冬も暖かいところで、くらしていた。

週に一度くらいは、みんなでおとずれ、大好きなレストランでラーメンを食べるのがすきだった、、、。

でも、癌ができてからは、点滴だけで、我慢のひびがつずき、約7か月後の婆ちゃんの誕生日に天国へ旅立ってしまった。

父ちゃんはみんなに出て行ってといい、一人で婆ちゃんとの別れをしていた。戻ってきた、父ちゃんの目には涙のあとが、、、、。

あくる日に、僕らは庭にいっぱい咲いた、ハーブの花を朝からみんなでつんで、お棺がいっぱいになるほど、ハーブの花で満たした。せめてもの僕らの気持ちだ、、、、、、、、。

そんなわけで、婆ちゃんは天国へ。

僕らは初めて、死者に触れました。あんなにあたたかかった、婆ちゃんは、つめたくて真っ白けで、死に化粧をしてもらって、とっても綺麗だった。

さようなら、婆ちゃん、、、、、天国でじいちゃんと幸せにね、、、。バイバイ、、、、。

夏休み最後の日の出来事でした。
posted by はるりく at 22:01| 北海道 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/105699286

この記事へのトラックバック